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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)419号 判決

控訴人 富士紙業株式会社 外一名

被控訴人 永代信用組合

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、以下に掲げる各附加・訂正がなされたほかは、原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

被控訴人訴訟代理人の附加訂正した点は、次のとおりである。

一、原判決事実摘示中の被控訴人の主張の内記録第一五九丁表九行目「第三回相殺、昭和二十八年十一月二十一日」を「第三回相殺、昭和二十八年十一月二十四日」に、同末行「受取人原告」を「受取人兼裏書人訴外丸二商事株式会社、被裏書人被控訴人」に、同第一六〇丁表四行目「(3) 」を「(4) 」に、「(4) 」(二箇所)を「(3) 」に改める。

二、被控訴人主張の第三回相殺に用いた自働債権中「(5) 金百十七円、但し内容証明費の一部」とあるのは、被控訴人から控訴会社に対し昭和二十八年十月五日及び同月九日になした各相殺の意思表示に要した書留内容証明郵便料合計金二百九十円の内金百十七円を指すものである。被控訴人と控訴会社との間に昭和二十八年六月二十日成立した手形取引に関する契約においては、手形債務者に対する債権の実行又は保全のために要した費用はすべて手形債務者たる控訴会社の負担とする旨の特約があるから、控訴会社は右金員を支払うべき義務がある。

三、控訴人等は本訴手形及び甲第十一号証の一の手形は原因関係がないと主張するけれども、被控訴人は後記のように控訴会社に対し金百万円の立替金返還請求権を有していたところ右立替払に関係した訴外柳沢義春からその支払のため、同人が取締役をしている訴外丸二商事株式会社振出の金額五十万円の小切手一通及び控訴会社振出の金額五十万円の小切手一通の交付を受けたけれども、いずれも不渡となり、その後右立替金の内金五十万円については控訴会社振出の金額五十万円の約束手形一通(甲第二号証の一)によつてこれを決済したけれども、残金についてはその弁済がなかつたところ、昭和二十八年七月二十四、五日頃右立替金債務の連帯保証人丸二商事株式会社より、かねて同会社から被控訴人に対し割引依頼のため預けてあつた本訴手形(甲第一号証の一)及び控訴会社振出の金額五十一万四千円の約束手形一通(甲第十一号証の一)を右立替残金五十万円その他丸二商事株式会社振出の右小切手金五十万円を含む同会社の債務全部の決済に充てられたい旨の申出があつたので、被控訴人においてもこれを了承し、これを右会社の債務の弁済に充当した次第であるから、本訴手形(甲第一号証の一)及び被控訴人が第三回相殺の用に供した約束手形(甲第十一号証の一)は原因関係を欠くものではない。

四、被控訴人と控訴会社との間の当座貸越契約は、訴外柳沢義春が控訴会社を代理として被控訴人との間に締結したものであつて、当座勘定が控訴会社に対する貸越となるときは、控訴会社はその金額に対し金百円につき一日金五銭の割合による利息を支払う特約がある。右当座勘定は昭和二十八年十月五日現在で被控訴人より控訴会社に対する金十八万八千百八十円の貸越となつている。この金額には控訴人等主張のような誤はない。すなわち

(1)  被控訴人が昭和二十八年八月十三日控訴会社より割引のため控訴人等主張の(イ)金額五十三万二千円の約束手形一通(甲第二十六号証の一)及び(ロ)金額五十六万三千円の約束手形一通(甲第二十五号証の一)の交付を受けたこと並びに右手形金額より約定割引料を控除した残額が控訴人等主張のとおり金百八万二千七百三十五円となることは認めるが、被控訴人は昭和二十八年七月二十日控訴会社のため訴外西村泉三郎に対し金百万円の立替払をしたことがあるので、控訴会社に対するこれが返還請求権の内金六十五万円及びこれに対する昭和二十八年七月二十一日から同年八月十三日まで金百円につき一日金七銭の割合による損害金一万九百二十円並びに右金百万円の立替払に要した交通費通信費等の雑費の立替金五千二百四十八円の償還請求権以上合計金六十六万六千百六十八円の弁済に充当するため、右金額を前記(イ)(ロ)の手形割引金の合計額百八万二千七百三十五円より控除し、残金四十一万六千五百六十七円を控訴会社の別段預金に振替え同年十月一日これを控訴会社の当座勘定に振替えたものであるから、この点については控訴人等主張のような計算の誤はない。

なお右立替金債権は次のようにして生じたものである。すなわち控訴会社から被控訴組合足立支店に対し昭和二十八年六月十六日手形取引開始の申込があつたので、当時の同支店支店長安島富治は、右取引を開始するためには先ず控訴会社において同支店に百万円程度の定期預金をなす必要があることを告げたところ、控訴会社代表者西村勝郎は手許にその資金がないので兄に当る訴外西村泉三郎から金百万円を借りてこれを右定期預金となすべく、右借入のため西村泉三郎に差入れる控訴会社振出の金額百万円の為替手形に被控訴組合として引受をすることを求めた。安島富治は一度はこれを拒絶したが西村勝郎のたつての懇請を拒絶しかね、控訴人等において必ずこれを返済すること、右手形を西村泉三郎以外の第三者に交付しないこと、被控訴組合の本店に右手形を呈示することをしないこと等の条件の下に、その引受欄に被控訴組合足立支店長の資格で記名捺印して控訴会社代表者西村勝郎に交付した。控訴会社代表者西村勝郎は同月十九日右為替手形を西村泉三郎に差入れて金百万円の融通を受け、同日被控訴組合に対し控訴人等主張の第十七回振興第六組の金百万円の定期貯金をなし、かくして右定期貯金及び翌二十日なした控訴人等主張の第十七回振興第一組の金三十万円の定期貯金を担保として控訴会社と被控訴組合との間の手形取引を開始したものである。ところがその後同年七月十八日被控訴組合に対し西村泉三郎より、控訴会社に対する右金百万円の貸金の立替払をせられたく、これに応じないときは右為替手形を被控訴組合の本店に呈示するとの申入があつたので、安島富治は、これを本店に呈示されるときは失職の虞もあるものと考え、被控訴組合を代理して西村泉三郎に対し右為替手形と引換に控訴会社のため金百万円の立替払をなした。よつて被控訴組合は控訴会社に対し金百万円の立替金返還請求権を取得するに至つたものである。

(2)  控訴会社が被控訴人に差入れた振出日昭和二十八年七月二十三日金額五十万円満期同年十月八日の約束手形一通(甲第二号証の一)は、前項立替金百万円の一部弁済のため受領したものである。被控訴人は昭和二十八年十月一日右手形を受領したので、満期まで一日金五銭の割合による利息金千七百五十円を控除した残金四十九万八千二百五十円を前記立替金百万円より前記(1) 記載のとおり弁済を受けた金六十五万円を控除した残額三十五万円と、これに対する昭和二十八年七月二十日から同年十月二日まで金百円につき一日金五銭の割合による利息金一万三千百二十五円合計金三十六万三千百二十五円の弁済に充当したので、右手形割引金の残額は金十三万五千百二十五円となつた。これを被控訴人は先ず控訴会社に対する当座貸金債権に対する遅延利息債権二万五千百七十六円の弁済に充当し、残金十万九千九百四十九円を当座勘定に入金したのであつて、この入金額については控訴人等主張のような誤はない。

(3)  被控訴人の当座勘定元帳の借方欄の記載中昭和二十八年六月二十六日の金一万八千円が小切手によらないで支払われたことは認めるが、これは控訴会社代理人柳沢義春の緊急の必要による要請により、後刻小切手を持参する約定でこれに応じたものであつて、同人はその後遂に小切手を持参しなかつたけれども、右金員が現実に控訴会社に支払われたことは事実であり、かような取扱は慣習として往々行われるところで敢て異とするに足りない。従つてこの点についても被控訴人の当座貸越金債権には控訴人等主張のような数額の誤は存在しない。

五、被控訴人のした第二回及び第三回相殺の意思表示は、いずれも自働債権たる約束手形を呈示又は交付しないでこれをなしたものであるけれども、

(一)  手形債権を自働債権とする相殺においては、手形の呈示又は交付は相殺の要件でない。

(二)  仮に手形債権を自働債権とする相殺においては通常手形の呈示又は交付が必要であるとしても、

(1)  控訴会社は被控訴人が右各手形の所持人であることを知つており、右各手形はいずれも満期に支払のため呈示され、その後も引続き支払の請求中であり、かつ被控訴人は金融機関であるから手形法第二十条の規定等により控訴会社には手形金の二重払の危険がないから、かような場合には相殺につき手形の呈示又は交付は必要でない。

(2)  被控訴人と控訴会社との間に昭和二十八年六月二十日締結された手形取引契約においては、控訴人等は被控訴人に対する各債務の中の一つでも履行を怠つたとき、控訴人等において手形交換所の不渡処分又は警告を受けたとき、又は被控訴人が控訴会社又は連帯保証人等において債務を履行できなくなる虞があると認めたときは、控訴人等の総ての債務につき弁済期が到来したものとし、控訴人等の被控訴人に対する当座預金その他の債権とその弁済期如何にかかわらず通知又は催告を要しないで任意に相殺されても異議がない旨の特約があるので、手形による相殺についても手形の呈示又は交付を要しない。

(3)  控訴会社は本件相殺の前后に亙り手形受戻の機会を与えられていたのにかかわらず、これを請求しなかつたのであるから、手形の呈示又は交付を請求する権利を放棄したものである。

(4)  被控訴人は控訴人等の相殺承認書又は手形の受領証と引換でなければ手形を交付する義務がない。

(三)  控訴人等は、原審の口頭弁論期日において、被控訴人主張の第二回相殺における被控訴人の自働債権たる手形債権の存在することを争つたが、相殺の意思表示があつたこと自体は争わず、同第三回相殺については被控訴人の主張事実全部を認めている。右は控訴人等において被控訴人のなした各相殺の効力をも認めたものと解すべきであるから、爾後控訴人等は右相殺につき手形の呈示又は交付がなかつたことを主張することはできない。

仮にそうでないとしても、控訴人等は、相殺の通知を受けて後今に至るまで手形の呈示又は交付の欠缺の抗弁を提出していないから、右抗弁を放棄したものである。

仮に右放棄の事実がないとしても、右抗弁は信義則上失効消滅している。

(四)  被控訴人は昭和二十九年十月五日の原審口頭弁論期日において、裁判外における相殺の事実を主張したが、これは右相殺の効力が認められなかつた場合に補充的に訴訟上の相殺の意思表示をしたものと解すべきである。

仮に右の主張が認められないとしても、被控訴人は、当審の昭和三十三年二月二十八日の口頭弁論期日において訴訟上相殺の意思表示をした。

右各訴訟上の相殺の意思表示においては、手形は裁判上証拠として提出されているから、重ねてこれを呈示又は交付することは必要でない。

(五)  仮に被控訴人のした一方的相殺の意思表示がその効力を認められないとしても、前掲(二)(2) の手形取引契約における相殺に関する特約は、被控訴人と控訴人等との間における条件附相殺契約を定めたものとも解されるのであつて、右約定に該当する具体的事実が発生した場合には、被控訴人の任意に定める日時にその任意に定める内容の個々具体的の相殺の効果が発生する。そうして控訴会社は昭和二十八年十月五日以前においてすでに手形交換所の取引停止処分を受け、被控訴人に対する手形債務等の不履行を重ねており、被控訴人において控訴人等は到底債務を履行し得ないものと認める等の具体的事実が発生していたから、前記約旨に基き被控訴人の任意に定めた日時内容すなわち被控訴人の従前主張通りの日時内容の各相殺の効果が発生したのである。昭和二十八年十月九日附及び同年十一月二十四日附の被控訴人より控訴会社に対する相殺の通知は、右のようにして既に発生した相殺の効果の事後通知である。

仮に右は条件附相殺契約に該当しないとすれば、それは相殺の予約であり、予約を完結する権利を一方的に被控訴人に付与したものであつて、前記各通知により、予約完結の意思表示をしたものである。

右いずれの場合においても被控訴人と控訴会社との間には相殺について手形の呈示又は交付を要しない旨の約定があつた。

控訴人等訴訟代理人が当審において附加訂正した点は、次のとおりである。

一、被控訴人主張の第一回ないし第三回の各相殺の意思表示があつたことは認める。

二、本訴約束手形(控訴会社が昭和二十八年六月二十日訴外丸二商事株式会社に宛て振出した金額五十五万六千円のもの)、(甲第一号証の一)及び被控訴人がその主張の第三回相殺に用いた他の約束手形一通(控訴会社が昭和二十八年六月十五日丸二商事株式会社に宛て振出した金額五十一万四千円のもの)、(甲第十一号証の一)は、いずれも丸二商事株式会社が被控訴組合の足立支店に対し割引のため預けたものであるところ、被控訴人はその割引をなさず、その他控訴会社において右手形金を支払うべき原因関係が存在しないから、控訴会社は右手形金支払の義務がない。

被控訴人は右各手形はその主張の立替金償還請求権の残金五十万円及びその支払のため丸二商事株式会社が振出した小切手金五十万円の弁済に充当されたものであると主張するけれども、被控訴人の他の主張に従えば右立替金百万円に関する債務は既に甲第二号証、同第二十五号証、同第二十六号証の各一の手形を以て決済されているのであるから、重ねて甲第一号証、甲第十一号証の各一の手形を以て決済すべき余地なく、この点に関する被控訴人の主張は失当である。

三、被控訴人主張の当座貸越金の額は争う。被控訴人の当座勘定元帳には、昭和二十八年十月五日現在で被控訴人の控訴会社に対する金十八万八千百八十円の貸越となつていて、これを同日第十七回振興定期貯金三十万円の内金十八万八千百八十円で決済した旨の記載があるけれども、右は実際の計算に合致するものではない。すなわち以下(1) から(3) までにおいて述べるように、右元帳の記載には入金の記入洩又は虚無の払出の記載があつて、これを正当に計算し直すときは右当座勘定は控訴会社に対する貸越とはならずかえつて被控訴組合に対する預金となるものである。すなわち、

(1)  控訴会社は被控訴人の右当座勘定に対し、昭和二十八年八月十三日被控訴人より(イ)同年六月十日株式会社扶桑振出の控訴会社宛、金額を五十三万二千円、満期を同年九月六日とする約束手形一通(甲第二十六号証の一)及び(ロ)同年六月三日株式会社扶桑振出の控訴会社宛、金額を五十六万三千円、満期を同年八月三十一日と定めた約束手形一通(甲第二十五号証の一)の割引を受けてこれによる入金をした。右(イ)の手形による実際の入金額は手形金額より満期まで金百円につき一日金五銭の割合による割引料六千九百十六円を控除した金五十二万五千八十四円であり、右(ロ)の手形による実際の入金額は、手形金額より満期まで前同一割合による割引料を控除した金五十五万七千六百五十一円である。しかるに右(イ)(ロ)の入金額合計金百八万二千七百三十五円が被控訴人の当座勘定元帳に記載されていない。もつとも右元帳にはこれより時期の遅れた昭和二十八年十月一日の欄に「振別段」として金四十一万六千五百六十七円の入金の記載があるので、これが右(イ)(ロ)の手形による入金の一部に該当するものであると仮定してもなお、右元帳のこの点に関する入金の記載には金六十六万六千百六十八円の不足がある。

(2)  控訴会社は昭和二十八年十月一日右当座勘定に対し、同年七月二十三日控訴会社振出の被控訴人宛、金額を五十万円、満期を同年十月八日と定めた約束手形一通(甲第二号証の一)を被控訴人より割引を受けて入金した。これによる実際の入金額は右手形金額より満期迄前同一割合による割引料を控除した金四十九万八千円である。しかるに被控訴人の右元帳には同日の欄に「振、手貸として右金額の内金十万九千九百四十九円の入金の記載があるに過ぎない。従つて同元帳のこの点に関する入金の記載には金三十八万八千五十一円不足がある。

(3)  同元帳には昭和二十八年六月二十六日控訴会社に対する払出として借方欄に金一万八千円の記入があるけれども、控訴会社においてはかような支払を受けたことはない。元来当座勘定における支払は必ず小切手によるべきであり、本件において被控訴組合足立支店から控訴会社に交付された小切手帳五十枚綴一冊による支払の内容中には右支払に該当するものはなく、この点から見ても控訴会社において右のような支払を受けたことのないことが明らかである。

四、被控訴人主張の第二回相殺における被控訴人の自働債権たる金額五十万円の約束手形に関する控訴人等の答弁を次のとおりに改める。すなわち、控訴会社が右被控訴人主張の約束手形一通(甲第二号証の一)を振出したことは認めるが、右は控訴会社が被控訴組合より割引を受け被控訴組合における控訴会社の当座勘定に対する入金とする約旨で被控訴組合足立支店に交付したものであるところ、被控訴組合は内金十万九千九百四十九円を昭和二十八年十月一日右当座勘定に入金したけれども、右金額及びこれに対する利息二千円を控除した残金三十八万八千五十一円については入金としての処理をしていないから、右金三十八万八千五十一円の限度においては右手形金支払の義務がない。

五、仮に控訴人等において本訴約束手形金(甲第一号証の一)の支払義務があるとしても、控訴会社は被控訴人に対し、原審で相殺を主張した二口の定期貯金債権のほか尚、前記三の(1) 記載の約束手形二通の割引金合計金百八万二千七百三十五円の残金六十六万六千百六十八円の支払を求める権利があるから、昭和三十三年二月二十八日の当審口頭弁論期日において被控訴人に対し、この債権を自働債権として本訴手形金債務と対当額につき相殺する意思表示をしたから、もはや控訴人等は本訴請求に応ずる義務がない。

証拠として、被控訴人訴訟代理人は、甲第一、第二号証の各一、二、第三号証ないし第八号証、第九号証の一、二、第十号証、第十一号証の一、二、第十二号証ないし第二十二号証、第二十三号証の一、二、三、第二十四号証ないし第二十六号証の各一、二、第二十七号証ないし第三十九号証を提出し、原審及び当審証人浜田正治、同安島富治(当審は第一、二回)の各証言を援用し、乙第一号証ないし第六号証、第十四号証、第二十一号証の成立、乙第二十二号証、第二十三号証の原本の存在とその成立を認め、乙第七号証は、表紙及び第一枚目の全部、第二枚目及び第五枚目の番号、金額及び年月の記載、第四枚目、第八枚目及び第九枚目の番号、金額及び年月日の記載、第六枚目及び第七枚目の番号の記載並びに第十三枚目以下全部の各成立を認めその他の部分の成立は不知、乙第八号証ないし第十二号証の原本の成立は否認する、乙第十三号証は郵便局作成部分の成立を認めその余の部分の成立は不知、乙第十五号証、第十六号証、第十八号証ないし第二十号証の成立は不知、乙第十七号証は裏面の被控訴組合足立支店長名義の記名捺印の真正なことを認めその余の部分の成立は不知、乙第二十四号証の成立は否認する、と述べ、

控訴人等訴訟代理人は乙第一号証ないし第二十四号証を提出し、乙第八号証ないし第十二号証、第二十二号証第二十三号証は写であると述べ、原審証人安島富治、柳沢義春、高橋良一、藤沢清、当審証人西村泉三郎、同安島富治(第二回のみ)各証言並びに原審及び当審における控訴人西村勝郎本人尋問の結果(原審は第一、二回)を援用し、甲第二号証の一は表面のうち最後の二行の「昭和廿八年拾月九日第拾七回振興定期預金と相殺す」との記載部分の成立は不知、その余の部分及び裏面の成立は認める、甲第九号証の一、二の原本の存在を認めその原本の成立につき小切手金額、振出年月日の記載部分の成立を否認し、その余の部分の成立を認め右金額及び振出年月日の記載は振出の際は白地であつたのを後日何人かが擅に記入したものであると述べ、甲第十号証の成立は不知、甲第十一号証の一はその表面の成立は認めるが裏面の成立は不知、甲第二十三号証の一、二、三、第二十四号証ないし第二十六号証の各一、二はいずれも原本の存在及びその成立は不知、甲第二十九号証、第三十八号証、第三十九号証の成立は不知甲第三十号証は原本の存在を認めるがその成立は不知、そのほかの甲号各証はすべて成立を認めると述べた。

理由

一、控訴会社が昭和二十八年六月二十日訴外丸二商事株式会社に宛て金額五十五万六千円満期同年九月二日その他被控訴人主張どおりの約束手形一通(甲第一号証の一)を振出したことは、当事者間に争なく、被控訴人が右会社より右手形の裏書譲渡を受けたことは、成立に争のない甲第一号証の一により明らかであり、被控訴人が満期に支払場所に右手形を呈示して支払を求めたけれどもこれを拒絶されたこと、並びに控訴会社が昭和二十八年六月二十日被控訴人との間に控訴会社はその振出又は裏書に係る手形を被控訴人に差入れて資金の貸付を受け又は被控訴人より該手形の割引を受くべく、その手形につき控訴会社が満期に支払をしなかつたときはその時以後金百円につき一日金七銭の割合による遅延損害金を支払うべき旨の契約を締結し、控訴人西村勝郎が同日被控訴人に対し控訴会社の負担する手形債務その他右契約上の債務につき連帯保証をしたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、控訴人等は、右手形は受取人丸二商事株式会社が割引のため被控訴人に交付したものであるところ、被控訴人は割引金を右会社に交付せず、その他控訴人等において右手形金を支払うべき原因関係はない旨抗弁し、右手形が被控訴人に割引のため右会社から交付されたものであることは被控訴人の認めるところであるけれども、その割引金の交付がなかつたことは証拠上必しも明らかでないのみならず、仮に手形受取人たる右会社と所持人たる被控訴人との間に右控訴人等主張のような事情があるとしても、手形振出人たる控訴会社において右手形債務を免れるべき法律上の理由はなく、その他控訴会社において直接被控訴人の請求を拒否できるような実質関係のあることを認めるに足りる証拠はないから、右抗弁は採用できない。

三、控訴人等は、その主張の三十万円の定期貯金債権及び百万円の定期貯金の残額三十八万八千七百十三円の債権を自働債権として被控訴人に対する前記手形金債務と対当額につき相殺する旨抗弁し、右各定期貯金が嘗て存在していたことは当事者間に争がないところ、被控訴人は、右各定期貯金債権は被控訴人において訴訟外で既に三回に亘つて反対債権と相殺済であつて、控訴人等が訴訟上の相殺の抗弁を提出した原審口頭弁論期日の当時においては存在していなかつたものであると再抗弁するので考えて見る。

(一)  被控訴人主張の第一回相殺について。控訴会社に対し、被控訴人がその主張の当座貸越金及びこれに対する利息合計金十八万八千四百六十三円の債権があると称して、これを自働債権とし、昭和二十八年十月五日控訴会社主張の第十七回振興定期貯金第一組三十万円の債権と対当額につき相殺する旨の意思表示をしたことは、事者間に争がない。そうして控訴人等は原審口頭弁論期日において一旦被控訴人の右自働債権の存在することを自白したものであつて、その後控訴人等は右自白を撤回し、右自働債権の存在を否認するに至つたけれども、自白は、自白が真実に反し、かつ錯誤によりなされた場合に限りこれを撤回することができるものと解すべきであり、本件においては、右の自白が真実に反するというためには、控訴人等の自白した右自働債権は実は存在しなかつたものであることを明らかにしなければならず、控訴人等に右債権の存在しないことを立証すべき責任があることとなる。ところで控訴人等は、控訴会社と被控訴人との間の当座取引につき次に掲げる(1) ないし(3) の諸点を挙げて被控訴人主張の金額が真実に反することを主張しているので、逐次これを検討することとする。

(1)控訴人等は、控訴会社が昭和二十八年八月十三日その主張の約束手形二通(甲第二十五、第二十六号証の各一)を被控訴人より割引を受けて割引金百八万二千七百三十五円を右当座勘定に入金したのにかかわらず、被控訴人は内金六十六万六千百六十八円を右当座勘定に対する入金に算入していないと主張し、被控訴人が控訴会社より右約束手形二通の交付を受けてこれを割引いたこと、その割引金額は控訴人等主張の額となること及び右の内当座勘定に入金となつていない額が控訴人等主張のとおりであることはいずれも当事者間に争のないところであるが、成立に争のない甲第十九号証ないし第二十二号証、同第二十七、第二十八号証、乙第四、第五号証並びに原審及び当審証人安島富治(当審は第一、二回)、当審証人西村泉三郎の各証言を総合すれば、右割引金の内金六十六万六千百六十八円は被控訴人の控訴会社に対する立替金返還請求権等の弁済に充当せられたこと、これを詳言すれば、控訴会社においては、被控訴組合足立支店との間に前記当座取引を開始するためには先ず控訴会社より同支店に金百万円の定期貯金をなす必要があつたが、控訴会社にはかような定期貯金をする資力がなかつたので、その代表者の兄西村泉三郎より金百万円を借受けてこれを右定期貯金とすることとし、右借受については被控訴組合足立支店においても便宜を与えることとし、昭和二十八年六月十六日控訴会社の懇請により、控訴会社より西村泉三郎に差入れるべき控訴会社振出金額百万円の自己宛為替手形一通の引受欄に被控訴組合足立支店長安島富治において同組合を代理してその本店には秘して署名捺印をなし控訴会社に交付した。(同支店長が控訴会社に対しかような特別の便宜を与えたのは、当時同支店の開設後間もないことで安島富治はその初代支店長となつた関係上その業績を挙げるのに特に熱心であつたためであることが、当審証人西村泉三郎の証言及び原審における控訴人西村勝郎の第一回本人尋問の結果により認められる。)

こうして控訴会社は右為替手形を西村泉三郎に差入れて同人より金百万円を借受け、同月十九日被控訴人に対し控訴人等主張の第十七回振興第六組金百万円の定期貯金をなし、よつて被控訴人との間に当座取引契約を締結し手形取引を開始することができた。ところが右為替手形の満期である同年七月十七日に至り、西村泉三郎より右安島富治に対し、右貸金百万円を控訴会社が弁済しないから被控訴人において立替え支払つて貰いたい旨の強い要求があり、もしこれに応じないときは右為替手形を被控訴組合の本店に示すとまで迫られたので、安島富治は、窮余被控訴組合を代理して被控訴組合の資金中から西村泉三郎に対し控訴会社の右金百万円の債務を一時立替払した結果、これによつて被控訴組合は控訴会社に対し同額の立替金返還請求権を取得した。かようなわけで前掲控訴人等主張の手形割引金中の金六十六万六千百六十八円は、控訴会社より被控訴人に返還すべき右金百万円の内金六十五万円、これに対する利息及び立替払の費用等の弁済に充当されたもので、そのため前記当座勘定に対する入金とはなつていないことが認められる。右認定に反する当審証人西村泉三郎の証言及び控訴人西村勝郎の原審及び当審における供述部分は採用しがたい。

(2)  控訴人等は、控訴会社が昭和二十八年十月一日その主張の金額五十万円の約束手形一通(甲第二号証の一)を被控訴人より割引を受けてその割引金四十九万八千円を前記当座勘定に入金したのにかかわらず、内金三十八万八千五十一円が記帳洩となつている旨主張し、被控訴人が控訴会社のため右約束手形を割引きその割引金額が四十九万八千二百五十円となつたこと及び右の内金十万九千九百四十九円だけが右当座勘定に対する入金となつていることは被控訴人の認めるところであるけれども、表面の最后の二行を除き成立に争のない甲第二号証の一、成立に争のない同号証の二、乙第四号証、原本の存在に争なく、かつ右原本も金額及び振出年月日欄を除き成立に争がなく、当審証人安島富治の証言(第一回)により右原本の金額及び振出年月日欄の記載真正に成立したものと認める甲第九号証の一、二並びに原審及び当審証人安島富治(当審は第一、二回)、同浜田正治の各証言を総合すれば、右五十万円の手形は控訴会社の代理人柳沢義春が被控訴人に対する前記立替金返還債務弁済のためさきに差入れた金額五十万円の小切手一通が不渡となつたため、昭和二十八年十月一日その代りとして同じく右債務弁済のため被控訴人に交付したもので、被控訴人においては、右申出の趣旨に従い、これを同日割引いたものとして計算した金四十九万八千二百五十円の内金三十八万八千三百一円を、控訴会社の支払うべき前掲立替金百万円の残額金三十五万円及びこれに対する利息並びに当座貸越金に対する遅延利息の弁済に充当し、残りの十万九千九百四十九円だけを控訴会社の当座勘定に入金として計上したものであつて、右当座勘定には控訴人等主張のような計算の誤のないことが認められる。右認定に反する原審証人柳沢義春、当審証人西村泉三郎の各証言並びに原審及び当審における控訴人西村勝郎本人の供述は採用できない。

(3)  控訴人等は、更に、右当座勘定においては昭和二十八年六月二十六日控訴会社に対し金一万八千円を払出したことになつているがそのような払出を受けたことはないと争うけれども、成立に争のない乙第二号証、当審証人安島富治の証言(第二回)により真正に成立したものと認める甲第二十九号証及び当審証人安島富治の証言(第二回)を総合すれば、同日控訴会社の代理人柳沢義春が被控訴人に対し、小切手は後に遅滞なく差入れるからと称して控訴会社の当座取引口座中より現金一万八千円の払出を求めたので、被控訴組合足立支店長安島富治はこれを承諾し、右金員を現金で払出し右控訴会社代理人に交付したことが認められる。そうして金融機関との間の当座取引契約において払出は手形又は小切手による旨の特約がある場合において、その方法によらないで現金による払出を求められたときは、金融機関においてこれを拒絶できることはもちろんであるけれども、これを拒絶しないで双方の合意により当該口座から現金の払出をしたときは、その合意は有効であるから、当事者はその結果につき、責を負うことは当然である。本件においても現金による右払出は前記のように双方の合意に基くものであるから、控訴会社においてはこれを算入した当座取引の結果につき責を免れることができず、控訴人等の主張は理由がない。

以上逐次説明したとおり、被控訴人主張の第一回相殺の自働債権である当座貸越金及びこれに対する利息合計金十八万八千四百六十三円につき計算の誤として控訴人等の指摘した諸点はいずれもこれを是認するに由なく、その他右当座貸越金及びこれに対する利息債権の全部又は一部が存在しなかつたことを認めるに足りる証拠がないから、控訴人等がさきになした右債権の存在したことの自白は真実に反するものということを得ず、従つてこれが錯誤に基くものであるか否かを問わず右自白はこれを撤回することができない。

そうして成立に争のない甲第十二号証、同第二十一号証及び同第二十二号証によれば、被控訴人と控訴人等との間においては、被控訴人が控訴会社になんらかの債務につき不履行があるときは右当座貸越金債権について弁済期が到来したものとし、これと控訴会社の預金その他の債権とをその弁済期の如何にかかわらず直ちに相殺することができる旨の特約のあることが認められ控訴会社に債務不履行があつたことは冒頭説示のとおりであるから、前記控訴人等主張の金三十万円の定期貯金の弁済期は昭和二十八年十二月二十日と定められ、右相殺の意思表示のあつた昭和二十八年十月五日より後になつているけれども、右特約により右相殺の意思表示のあつた日に双方の債務は相殺適状に達し、被控訴人主張のとおりの相殺の効果を生じたものというべきである。従つてこれにより被控訴人の右当座貸越金及びこれに対する利息債権合計金十八万八千四百六十三円は全部消滅し、控訴会社の右三十万円の定期貯金債権は金十一万千五百三十七円を残すこととなること計算上明らかである。

(二)  被控訴人主張の第二回及び第三回相殺について。被控訴人が昭和二十八年十月九日及び同年十一月二十四日それぞれの主張の第二回及び第三回相殺の意思表示をしたこと、並びに右相殺における被控訴人の自働債権たる約束手形の内前出本訴手形(甲第一号証の一)を除き他の二通(甲第二号証及び同第十一号証の各一)を控訴会社において振出し、被控訴人が現に右手形二通の所持人であること(但し、右第三回相殺の用に供せられた約束手形については丸二商事株式会社の裏書譲渡を経て)は、いずれも当事者間に争がない。控訴人等は、右第二回相殺に供せられた約束手形一通(甲第二号証の一)は、被控訴人に対し割引を委託して交付したものであるところ割引金の内未だ金三十八万八千五十一円の支払を受けないから、その限度においては支払の義務がないと抗争するけれども、既に説示したとおり、右手形金より中間利息を控除した残金はすべて控訴会社の被控訴人に対する立替金返還債務、これに対する利息、当座貸越金に対する遅延利息等に対する弁済の充当又は控訴会社の当座勘定に対する入金に充てられたもので、原因関係を欠くものとはいえないから、控訴人等の右主張は採用し難い。しかしながら手形は呈示且つ受戻証券であるから、これを自働債権として相殺をするには手形を相手方に交付することを要するものというべく、ただ相殺をしてもなお手形債権の一部が残るような場合には手形を相手方に交付することを要しないが、その場合でも手形を相手方に呈示することは必要であり、これは当該手形が満期に呈示されていたか否かを問わないものであるところ、被控訴人において右第二回及び第三回相殺の意思表示をなすに当り、当該手形を控訴会社に呈示又は交付しなかつたことはその自認するところであるから、被控訴人の右相殺の意思表示はその効力がない。この点について被控訴人の抗争するところは多岐にわたるけれども、

(1)  手形債務者たる控訴会社において被控訴人が右各手形の所持人であることを知つていたこと、満期後も右手形金支払の請求を受けていたこと(但し、前記相殺の際控訴会社に対し呈示を伴う手形金の請求があつたことは被控訴人の主張しないところであること前記のとおりである。)、相殺の時期が各手形の満期以後であること、相殺の前後に控訴会社の方から手形の交付を請求しなかつたこと等の被控訴人主張事実は、いずれも右の結論を左右するに足るものではない。

(2)  又、前掲甲第十二号証によれば、被控訴人と控訴会社との間の手形取引契約においては、相殺に関する被控訴人主張のような特約があることを認めることができるけれども、右特約は一般に双方の債権の弁済期前の相殺について定めてはいるが呈示受戻証券たる手形について呈示又は交付をしないで相殺をすることを許す趣旨までを含むものとは解せられず、他に右被控訴人主張のような特約があることを認めるに足りる証拠はない。のみならず個々の相殺の場合にその都度手形債務者が手形の呈示又は交付を伴わない相殺の効力を認めることを特約することは別として、右のように抽象的一般的に当事者間の取引につき呈示又は交付をしないで手形債権につき相殺をなすことを認める合意をすることは、呈示且つ受戻証券たる手形の性質に背馳するもので、その効力がないものと解するを相当とする。よつてこの点に関する被控訴人の主張も採用できない。

(3)  被控訴人は、控訴会社が相殺の前後に手形の受戻を請求しなかつたから手形の呈示又は交付を請求する権利を放棄したことになる旨抗争するけれども、被控訴人からの一方的な相殺の意思表示が手形の呈示を伴わない本件の場合には、控訴会社の方から進んで手形の受戻を請求しないことによつて右相殺が有効となるべき理由はない。

(4)  被控訴人は、なお、相殺承認書又は手形の受領証と引換でなければ手形を交付する義務がないことを主張するけれども、受戻証券たる手形については、手形債務者にはかような書類を発行交付する義務のないことが明らかであるから、右主張は採るに足りない。

(5)  又控訴人等が原審及び当審の口頭弁論期日において被控訴人主張の相殺の意思表示を自白したことは、単に意思表示のあつたこと自体の自白であつて手形の呈示又は交付のあつた事実を自白したものとは解せられず、なお手形債権を自働債権とする相殺において手形の呈示又は交付をした事実は相殺を主張する被控訴人に主張責任のある事項であり、控訴人等においてかような事実のなかつたことを抗弁として主張すべきものではないから、控訴人等がこの点に関する抗弁を放棄し又はこれを喪失した旨の被控訴人の主張もまた採用の限りでない。

(6)  被控訴人は昭和二十九年十月五日の原審口頭弁論期日における相殺の事実の主張は訴訟上の相殺の意思表示にも該当する、仮にそうでないとしても昭和三十三年二月二十八日の当審口頭弁論期日において訴訟上の相殺の意思表示をしたと主張するので検討して見るに、控訴人等はその主張の各定期貯金債権を自働債権とする相殺の抗弁を、昭和三十年四月十三日の原審口頭弁論期日において提出したことが記録上認められ(控訴人等は当審において右相殺の意思表示をした日を昭和二十九年三月十三日の口頭弁論期日であると釈明したけれども、記録によれば、同日控訴人等はその主張の第十七回振興第六組金百万円の定期貯金の内金五十万円につき相殺することを主張しただけで、しかも昭和三十年四月十三日の口頭弁論期日において同日附準備書面に基き陳述することによつて右抗弁を撤回し、改めて控訴人等が現在主張しているとおりの相殺の抗弁を提出し、右撤回については当時被控訴人においても異議を述べていなかつたことが認められるから、控訴人等主張の相殺の意思表示のあつた日は昭和三十年四月十三日であるとしなければならない。)、従つて被控訴人が訴訟上の相殺をしたことになると主張する昭和二十九年十月五日の原審口頭弁論期日当時においては、まだ控訴人等からは前記定期貯金を自働債権とする訴訟上の相殺の抗弁は提出されていなかつたのであるから、被控訴人から訴訟上の相殺をしようとしてもその受働債権は訴訟上現われていないわけであり、従つて被控訴人による訴訟上の相殺はこれをなす余地がない。(被控訴人主張の相殺の陳述を同年三月十三日の原審口頭弁論期日に控訴人等が提出した撤回前の相殺の抗弁の自働債権に対するものと考えてみても、右撤回がもし許されないものとすれば、控訴人等の相殺は同年三月十三日直ちに効力を生じたことになるので、自働債権は消滅し、被控訴人からその後の同年十月五日に訴訟上の相殺の主張をする余地のないことに変りはない。)、又控訴人等がなした右昭和三十年四月十三日における相殺の意思表示は直ちに相殺適状の始に遡つて効力を生ずるからその後の昭和三十三年二月二十八日の当審口頭弁論期日において被控訴人から訴訟上の相殺をなす余地もなく、この点に関する被控訴人の主張は採用するに由がない。

(7)  被控訴人は更に控訴会社との間には手形の呈示又は交付を要しないで手形債務につき相殺をなす条件附相殺契約又は相殺予約があつたと主張するけれども、甲第十二号証その他の証拠によつても、かような契約又は予約があつたことを認めるに足りないから、右主張は採用できない。

四、以上の次第であつて、被控訴人主張の第二回及び第三回の相殺、又はこれらの相殺が効力を有しない場合に備えた本件口頭弁論期日における訴訟上の相殺はいずれも効力なく、控訴人等の相殺の抗弁における自働債権の内三十万円の定期貯金の内前記三の(一)において説示した第一回相殺の結果の残額十一万千五百三十七円の債権及び前記の三の冒頭掲記の百万円の定期貯金の残額三十八万八千七百十三円の債権の存在はこれを否定することができないから、控訴人等の右反対債権による相殺の抗弁は理由があり、控訴人等が先ず相殺を主張するその主張の金三十万円の定期貯金債権の残額と本訴手形金債権とが相殺をなすに適した始は、右定期貯金債権の弁済期である昭和二十八年十二月二十日であるから、本訴手形金債権の元金三十七万八千円の内金十一万千五百三十七円と控訴会社の右三十万円の定期貯金の残額とは同日に遡り相殺によつて消滅し、更に本訴手形金債権の元金の残額二十六万六千四百六十三円は控訴人等が次に相殺を主とした百万円の定期貯金の残金三十八万八千七百十三円の内金二十六万六千四百六十三円とともに右両債権が相殺をなすに適した始である右定期貯金の弁済期である昭和二十八年十二月十九日に遡つて相殺により消滅し、被控訴人主張の本訴利息債権は昭和二十九年一月十四日以降の分であるから発生の余地がないこととなり、結局被控訴人主張の本訴手形金元利金の請求はすべて理由がないことに帰する。よつて右請求を認容した原判決を取消し被控訴人の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)

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